皆さん、こんにちは。今日は珍しく(?)、ヒトのお薬のお話をしたいと思います。というのも、先日、BMJ(British Medical Journal)で興味深い論文が発表されたのでその内容を皆さんと共有しつつ、一緒に考えたいと思ったからです。取り上げる論文は、Comparative effectiveness of second line oral antidiabetic treatments among people with type 2 diabetes mellitus: emulation of a target trial using routinely collected health data (PMID: 38719492 PMCID: PMC11077536 DOI: 10.1136/bmj-2023-077097)です。
みなさんは経口の2型糖尿病治療薬といえば何を思い浮かべますか?ビグアナイド、チアゾリジン、DPP-4阻害薬、SU剤、グリニド系、α-GI、SGLT2阻害薬。近年ではここに、GLP-1作動薬も加わりました。多種多様な治療薬があり、薬剤師や薬学生を苦しめているかと思います。
ではそんな中で、どの治療薬が日本で一番使われていると思いますか? 2021年のデータ(参照1)ですが、圧倒的にDPP-4阻害薬が多いようです。国際的には第1選択薬はビグアナイド系のメトホルミンです。日本人にはDPP-4阻害薬が適しているという様々な理由が聞かれますが、なかなか明確なエビデンスにたどり着くことはできません。国立国際医療研究センター研究所はその調査の中で、①本邦の2型糖尿病患者に対して最初に投与される糖尿病薬は欧米と大きく異なること、②ビグアナイド系で治療を開始した患者の総医療費が最も安いこと、③薬剤選択に一定の地域間差や施設間差があること、について言及しています。海外の基準に合わせることが、日本人にとって最良の医療となるわけではありませんが、海外との大きなずれが、医学的なエビデンスに基づいたものかどうかは十分に検討しなくてはいけません。
参照1:国立国際医療研究センター研究所による全国の診療実態を調べることができる匿名レセプト情報・匿名特定健診等情報データベース(NDB)を用いた調査
https://www.ri.ncgm.go.jp/topics/release/2021/20210823.html
2024年、日本糖尿病学会、生活習慣病ヒューマンデータ学会は「糖尿病標準診療マニュアル2024」を発表しました(参照2)。その中で、糖尿病の薬物療法は、ビグアナイド薬単剤から始めることが明確に推奨されています。そして数か月を経て治療効果が十分でない場合に、追加の薬剤としてDPP-4阻害薬もしくはSLGT2阻害薬のいずれかを検討することが推奨されています。
参照2:https://human-data.or.jp/wp/wp-content/uploads/2024/04/DMmanual_2024.pdf
さて、冒頭の話題に戻りましょう。今回取り上げるBMJで報告された内容は、既にメトホルミンで治療中の患者に、追加する薬剤としてSU剤、DPP-4阻害薬、SLGT2阻害薬でどれだけの差が出るかを検証したものです。日本と違い、メトホルミンが第1選択薬として評価が固まっている海外の状況が、研究背景からもみて取れます。
結果は、HbA1cの低下ではSLGT2阻害薬がDPP-4阻害薬やSU剤よりも優れており、BMIの低下においてもLGT2阻害薬がDPP-4阻害薬やSU剤よりも優れており、収縮期血圧の降下においてもLGT2阻害薬がDPP-4阻害薬やSU剤よりも優れていました。DPP-4阻害薬とSU剤の比較では、BMIの低下においてはDPP-4阻害薬がSU剤より高成績でしたが、HbA1cの低下と収縮期血圧の降下では差はみられませんでした。また、SGLT2阻害薬は、DPP-4阻害薬およびSU剤と比較して、心不全による入院のリスクが減少しています。メトグルコに追加する2型糖尿病治療薬としてはSLGT2阻害薬が推奨されると解釈できる結果です。
ではここで考えてみましょう。この結果を受け、日本でもDPP-4阻害薬をやめてSLGT2阻害薬を推していこう、ということになるでしょうか。データだけを見ればそうかもしれません。しかしその前に、なぜ日本ではDPP-4阻害薬がこれほどまでに支持されているのか、ということを考えてみてもいいかもしれません。DPP-4阻害薬の一番のメリットは効果に対して副作用リスクが少ないことだと言われています。日本では医薬品に対して安全性を強く求める傾向があります。効果は高いのに副作用リスクが高く、それが理由で使用されなくなった医薬品もあります。一定の効果があることは大前提ですが、治療効果よりも安全性が優先される価値観が、少なからず影響を与えているのでしょう。また、効果が高いと言われるようになったSLGT2阻害薬は、その薬理作用上、トイレの回数が増える傾向があります。この、トイレが近くなるということを嫌がる患者さんは多くおられます。この様に、患者が抵抗を感じる要因のある医薬品は、コンプライアンスの低下につながることが多々あります。効果が高くても、コンプライアンスが下がればトータルとしての治療効果は上がりません。
医薬品の選択において、治療効果が高いということはとても重要なことです。しかし、最終的には患者が自らの意思によって服薬するという行為が必要です。飲みたくないなぁ、と思いながら飲む薬がその人を幸せにするでしょうか。他に治療薬がなく、飲まなければ健康に大きな影響を与えるのであれば、飲んでもらわなければいけませんが、幸い、2型糖尿病には多種多様な治療薬があります。薬効薬理だけではなく、総合的に判断して、どの薬が目の前にいる患者さんの人生を最もよくするか、今一度考えてみるのもいいかもしれません。
メディセレ薬局 管理薬剤師