皆さん、こんにちは。去る2月17日、18日に第109回薬剤師国家試験が実施されました。昨年の国試に比べて難しくなっていたという話が聞こえてきます。このコラムが公開される頃には合格発表も終わっているので、結果も明らかになっていることと思います。見事合格された皆様は、これまで積み重ねてきた努力で獲得した知識と能力、国から託された権限をこの国の公衆衛生のために活用してください。残念ながら、不合格となってしまった方々は、悲しく、悔しく、無力感に襲われているかもしませんが、諦めることなく挑戦を続けていただきたいと思います。我々メディセレ一同は、そんな皆様を心から応援し、支えていきたいと思います。
今回の薬剤師国家試験の解説は、すでにメディセレの講師陣が作成し公開しておりますので、私からは、ちょっと異なる視点で、気になった問題を取り上げてみたいと思います。必須問題【衛生】問17と、実践問題1【実務・衛生】問232-233です。問題としては難しいものではなく、基本的な知識で解くことができ、医療従事者としては自然と身に着いている範囲の問題かもしれません。この2つの問題には、ある共通点があります。
必須問題【衛生】問17は、予防接種が推奨されている子宮頸がんのリスク要因はどれか、という問題です。答はもちろん、ヒトパピローマウイルス(HPV)です。ヒトパピローマウイルスワクチン(HPVV)は、子宮頸がんを予防できるワクチンで、現在、小学校6年~高校1年の女子は公費で無料接種ができます。実践問題1【実務・衛生】問232-233は、生後1ヶ月の乳児を連れた母親が薬局でメナテトレノンシロップについて質問をするという問題です。メナテトレノンシロップはビタミンK2のシロップ剤で、新生児に不足するビタミンKを補うことで頭蓋内出血などの重篤な出血性疾患を予防するために大変重要なものです。それでは、これらの問題の共通点とは何でしょうか。
ご存じの方も多いと思いますが、HPVVは2009年に日本で承認されましたが、医学的には否定されている副作用の疑いで、一部の人たちから強い懸念が示されました。更にそれを受けて、多くのマスコミが科学的検証を伴わないHPVVをバッシングする記事を掲載したという歴史があります。バッシングの強かった時期に接種推奨年齢であった日本の女性の中には、今もHPVVを受けていない方が多くいます。2021年時点で、日本では毎年約3000人が子宮頸がんで死亡しています。一方、HPVVの接種に積極的なオーストラリアでは子宮頚がんは近い将来、撲滅できると言われています。HPVVは、誤解が社会に広がり、多くの人々が不安や不信感を感じてしまった薬剤(ワクチン)です。
補足:平成9年度~平成18年度生まれの女性で、通常のHPVVの定期接種の対象年齢の間に接種を逃した方に、2025年3月まで公費で接種が受けられる「HPVワクチンのキャッチアップ接種」が実施されています。もし、読者の中に該当する方、該当する方が家族におられる場合は、なるべく早い接種をお勧めします。
ビタミンK2シロップに関しても、誤った医療情報により不安や不信感がでている薬剤です。一部の「自然派」といわれる人たちが、薬剤ではなく天然素材から作られたと称する砂糖を与えることで同じ効果が得られると主張し、その考えに基づいてビタミンK2シロップを子供に与えないという例が散見されています。2009年には、ビタミンK2シロップを与えられなかった子供が生後2か月で硬膜下血腫を発症し死亡した事故が起きています。
このほか、命に係わるような問題ではありませんでしたが、「タミフルを飲むと異常行動を起こす」という誤解により、患者がタミフルを拒否することもありました。そして、薬剤師の中にも「タミフルを飲むと異常行動を起こす」と考えた人がいることも事実です。
このような科学的・医学的な事実に基づかない批判や流言により医薬品が誤解を受け、その医薬品を忌避するということが時々起こります。本来その医薬品を用いることで得ることが出来るはずだった医学の恩恵を受け損ね、命や人生が不要なリスクに晒されることになります。今回の国家試験では、科学的根拠を伴わない医薬品への誤解により、人々の命が脅かされることになった医薬品を取り上げ、その正しい姿を問う問題が出題されました。国家試験は、国がその資格を与える者に対して必要と考える知識を問う試験です。ですが、求められているものは知識だけではありません。今回、薬剤師国家試験にこれらの問題が出題されたとことは、「科学的根拠を伴わない誤解に惑わされることなく、医薬品の本来の役割を正しく理解し、その知識を市民に適切に伝える」ことを、国が薬剤師に求めているという一つの証拠ではないかと思います。
メディセレ薬局 管理薬剤師