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その薬、効きますか？

　皆さん、こんにちは。8月21日にアルツハイマー病の新しい薬「レカネマブ」の承認が大きく報道されました。これまでアルツハイマー病に対する薬は、症状緩和を目的とした症状改善薬であるのに対し、レカネマブはアルツハイマー病の進行の原因となるアミロイドβプロトフィブリルに直接作用する疾患修飾薬です。注目すべき点は、これまでにはない治療メカニズムによる難病へのアプローチと、従来のアルツハイマー病薬では効果が期待できなかった軽度認知障害（MCI）や軽度アルツハイマー病（これらを総称して早期アルツハイマー病と呼ぶ義）での有効性が示されたことです。アルツハイマー病に限った話ではありませんが、少しでも早い段階で病気の進行を抑えることで、患者さんがこれまでと同じような生活、人生、社会的役割、個人の生きる目的の追求を叶えることが出来ます。それは、患者さん本人だけではなく、その介護にあたるご家族の方にとっても同じことが言えます。ゆえに、なるべく早期から病気の進行を効果的に抑えることが出来る薬が、アルツハイマー病治療の領域では待ち望まれていました。米国食品医薬品局（FDA）から、「ブレイクスルーセラピー」に指定された（既存の治療法と比べて、臨床的に重要で意義のあるエビデンスを示し、重篤または生命を脅かす疾患の治療に対する薬剤の開発と審査の迅速化を認められた）ことからも世界の注目度の高さが分かります。

　では、このレカネマブですが、どのぐらい「効く」薬なのでしょうか。臨床試験の詳細に関する報告はNew England Journal of Medicine（https://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMoa2212948）にすでに公開されています。2週間に1回、早期アルツハイマー病の患者さんへ投与することで、18ヵ月後のCDR-SBスコア（認知症の幅広いステージの重症度を評価するスケール）の低下を大きく抑えることが出来ました。CDR-SBスコアは、記憶、見当識、判断力と問題解決、地域社会の活動、家庭および趣味、身の回りの世話の6項目からなる評価項目であり、この低下を抑えることができたということは、患者さんの実生活の改善に大きく寄与する可能性が高いと言えるでしょう。従来のアルツハイマー病の薬が、早期アルツハイマー病の患者さんに対してCDR-SBのスコアの改善があまりなかったことを考えると、実に画期的と言えます。

　このレカネマブですが、日本ではいつから使えるようになるのでしょうか。アルツハイマー病の患者さんやその介護にあたられているご家族などは1日も早く使える日が来てほしいところだと思います。医薬品は承認された後、その医薬品の値段である薬価が定められれば使えるようになります。レカネマブは11～12月には使えるようになると言われています。使えるようになる時期と併せて注目されているのが、この画期的な新薬の薬価です。先行して承認されたアメリカでは約380万円となりましたので、日本でも300万円以上になると予想されています（この原稿が掲載されていることにはもう薬価が決まっているかと思いますが）。もっと高い医薬品は世の中にいくつかありますが、2週間に1度の投与が必要になることも考えると、非常に高い医療費となることは間違いありません。ですが、この国にはすべての人が、社会を構成する一人一人として社会全体から尊重され、支援される仕組みがあります。保険診療で処方されるなら健康保険に基づいて患者さんの自己負担は1～3割となりますし、さらに高額医療費の適用となるケースがほとんどとなるため、自己負担は一定額に抑えられます。その差額は、保険と税金で社会が等しく分担することになります。

　このような、世間で注目される新しい医薬品が登場すると、薬局の窓口で患者さんから、「あの新しい薬って効くの？」と聞かれることがあります。今回のレカネマブが医学的には、これまでにない治療成果が期待できる素晴らしい薬であることは前述の通りです。しかし、患者さんが言う「効く」とは、どういう期待を込めて私たちに尋ねているのでしょうか。先の、New England Journal of Medicine のデータによれば、レカネマブを投与した場合、投与しない場合に比べて患者さんのCDR-SBスコアが改善するので、きっと生活の質も向上させることができるでしょう。しかし、データからは、レカネマブを投与しない場合の12ヵ月後に到達する悪化度合いに、投与した場合でも18ヵ月後には追いついてしまうことも読み取れます。このことでレカネマブの医薬品としての素晴らしさが損なわれるわけでは決してありませんが、薬局の窓口で患者さんが尋ねる「あの新しい薬って効くの？」という言葉に込められた期待を考えると、どの様に答えていいのかとっさには判断が出来ません。

　患者さんが「あの新しい薬って効くの？」の言葉に込めた思いとは、「病気になる前のような生活に戻ることが出来るの？」ということだと思うからです。

メディセレ薬局　管理薬剤師