皆さん、こんにちは。今回はカリウムイオンについてお話をしてみたいと思います。
体内でのカリウムイオンの役割というと、皆さんは何を思いだすでしょうか?ナトリウムを排出する作用があるので、高血圧の予防・改善によいというのは有名ですね。また、筋肉の収縮において、活動電位の最終相で速やかな再分極を引き起こすのは、細胞内に高濃度で蓄えられたカリウムイオンです。細胞内のカリウムイオンが細胞外に流出するのは濃度勾配を駆動力としているため、細胞外(≒血漿中)のカリウムイオンの濃度が高くなると再分極の過程に支障を来すことがあります。結果、中等度以上の高カリウム血症では、動悸、吐き気、筋力低下などの症状が、6.0mmol/Lを超えるような重度高カリウム血症では致死性の不整脈を生じることがあります。
高カリウム血症の治療には、長い間、ポリスチレンスルホン酸カルシウム製剤(カリメート®等)が用いられてきました。ポリスチレンスルホン酸カルシウム製剤はイオン交換樹脂であり、薬剤自身が持つカルシウムイオンを他の陽イオンに交換することが出来ます。ただし、イオン交換樹脂は交換する陽イオンを選ぶことが難しいため、カリウムイオン以外のイオンもポリスチレンスルホン酸カルシウム製剤は吸着してしまいます。このことがカリウムイオンの吸着効率を下げたり、マグネシウムやアルミニウムを含む薬剤との相互作用を生じたりする原因となります。2020年に新たに登場した高カリウム血症治療薬であるジルコニウムシクロケイ酸ナトリウム(ロケルマ®)はこの問題を解決する可能性を持っています。ロケルマはカリウムイオンに高い選択制をもって吸着するため、他の陽イオンへの影響が生じにくくなっています。ではロケルマはどのようにして高いカリウム選択性を示している、言い換えれば、ナトリウムイオンやアンモニウムイオン、カルシウムイオン、マグネシウムイオンとカリウムイオンを区別しているのでしょうか。
1987年、チャールズ・ペダーセンは、「クラウンエーテル」の発見の功績によりノーベル化学賞を受賞しました。クラウンエーテルとは、-CH2-CH2-O-を基本単位とする環状エーテルです。クラウンエーテルは環を構成する原子の数を最初に、酸素原子の数を後につけて、12-クラウン-4、15-クラウン-5、18-クラウン-6と命名されます。
クラウンエーテルはその環の内側に配位結合により金属イオンを補足しますが、興味深いことに環の大きさによって中に捕まえる金属イオンが異なります。環の小さな12-クラウン-4はイオン半径の小さいリチウムイオンを、環が中程度の15-クラウン-5はイオン半径の中程度のナトリウムイオンを、環の大きな18-クラウン-6はイオン半径の大きなカリウムイオンを捕まえます。つまり、金属イオンは、それぞれ大きさにちょうどあったサイズにすっぽり入る関係が相互作用をしやすいということです。
話をロケルマに戻しましょう。ロケルマ(ジルコニウムシクロケイ酸ナトリウム)はジルコニウム、ケイ素、酸素で環を作った化合物で、その環が作る隙間の大きさが約0.3 nmです。カリウムイオンの大きさは0.298 nmなのでロケルマの環にちょうどすっぽり入る大きさです。この仕組みで、ロケルマは他の陽イオンが存在する環境でも、カリウムイオンを選択的に補足することが出来るのです。
ペダーセンが1987年にノーベル賞を取るに至った化学上の発見が、30年以上の時を経て、医薬品として患者さんの治療に活用されたといえるでしょう。基礎的な学問の積み重ねの上に最新の医療があることを教えてくれる一例かもしれません。
メディセレ薬局 管理薬剤師